- ブログネタ:
- 放射能 被爆 対策 範囲 に参加中!
百歩譲って原子力がどんなに優れた発電方法だとしても、それを扱う組織がずさんであるなら只の危険物である。
太平洋戦争に於いて零戦は大変優れた戦闘機であったが、マシン性能に頼り過ぎた日本は戦術面でずさんであったため、米軍に負けてしまったのだ。
戦線拡大し過ぎて補給路を断たれた為に餓死者が多発し、ある時は思考を放棄して玉砕(全滅)し、降伏を禁じることで無用な犠牲を強制する。
オマケに人間が殆ど権力を持たずに内輪の『空気』によって話が進んでしまうものだから、誰も責任を取らない。いや、むしろ末端の兵士、国民が責任を取らされている。
結果として2度の原子爆弾の投下まで平和を待たねばならず、きのこ雲を前にしてようやく『神風という空気』が壊されたと言っていい。
あくまで個人的な捉え方だが、少なくとも日本の平和は『靖国に眠る人』あってのものでは無いと思っている。悪いと言えば悪いことなのだが、原子爆弾が落とされなければ靖国に眠る人が増えただけだろう。大本営は本土大決戦なんて大バトルを吹聴していたのだから。
むしろ太平洋戦争に於ける靖国神社の存在意義は、上層部の責任回避の装置であっただろう。そう思うと靖国に眠る人達は英霊どころか、責任だけ押し付けられた哀れな人達に見える。あくまでも個人的な見方だが。
今、原子力災害というものを見つめた時、太平洋戦争の大本営と大して変わらないように見える。
『災害』と『戦争』で現象こそ異なるのだが、一般人レベルで可能な対策を考えた時にできる対策は大きな変化が無い。
太平洋戦争で空襲を避ける為には疎開が必要であった。必要な備えは疎開先の確保だ。農村に身内、知人がいる人は真っ先に子供を疎開させただろう。
原子力災害というものを考えた時、一般人レベルでできる備えは移住先の確保。ただ、原子力災害が起きた時に果たして本当に移住先を確保できるかというと、相当無理があるように思える。
チェルノブイリ原発の事故の際、700Km先まで高いレベルで汚染された地域があることを考えると、日本、取り分け西日本で福島級の事故が起きれば1億総難民なんてあり得なくはない。
安倍総理がわざわざ近隣諸国と緊張を意図的に高めているような現在、どんなに安倍さんが中国や北朝鮮との大っバトルを夢見ても、本土で原発が被弾するシミュレーションは全くと言っていいほどされていない。このあたりの危ない事実はYoutubeで公開されている岩上安身氏の泉田知事インタビューを是非ご視聴戴きたい。
もう一つ、泉田知事で思い出したのが、電力会社に対する不信。
泉田知事が廣瀬東電社長に要求した内容というのは至ってシンプルで、「約束守ってくださいね」だけ。決して原発自体に賛否は述べていない。
協定で地元の事前了解を取ることが決められているのだから、協定を守りますと一言言えば「話が噛み合わないならお引き取り下さい」と言われることも無かろうに、素直に「ハイ」と言えないやましい事情があるのかと思うのが道理だ。
次に福島級の事故が起きた場合、今度は間違いなく国家が滅んでしまうだろう。そんな危険な状態の中で、「約束を守れない会社」に原発を運転させることに難色を示すのは自然な反応だ。
廣瀬氏は「私は経営者ですから」と言っていたが、果たして泉田知事との会談の姿を見た時、彼から経営者の風格を感じることが私にはできない。どう見ても’空気を動かす’経営者ではなく、’空気に従う’サラリーマンにしか見えない。
空気に従うことしかできない組織に『責任者』など居るはずもなく、問題の責任は全て末端に押し付けられる。福島で収束作業に従事しているのは、東電でも末端の社員であり、末端の社員が責任者に替わって責任を取っている。
国も電力会社も事故の責任を末端の社員に押し付けている様は、大日本帝国の大本営よろしく、『空気』に権力を握らせる悪習そのものである。
もしどうしても原発を再稼働させたいと言うのなら、空気に権力を握らせてしまう体質を変えないと再び別の原発で事故を起こし、今度は日本が滅んでしまうだろう。少なくともそんなことを望んでいる人間などは、居ないはずである。

コメント