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『理念』がある京都市と『利権』しかない東京

最近ブログでも度々、京都のことを書くようになってしまった。だからこそ、できるだけ京都を過大評価しないようにも気をつけたい。
初めて18きっぷで京都へ行ったあの日、京都バスの運転の粗さに辟易し、京都はつまらないと言って、そそくさと神戸へ行ってしまった小生。因みにその時立ち寄ったウッディタウン(三田市)で見た橋の名前が、今私が使っているペンネーム(?)の由来である。

スマホゲームの課題であったとは言え、今年再び京都へ行ったときは、サブカルチャーが豊富である京都に驚いた。『閉鎖的』とよくよく思われる京都に、多様性や革新性を大切にする風土が存在していたことに、えも言えぬ感銘を受けたのだ。
中でも、京都市で一番感動したのが、世界文化自由都市宣言だ。
この宣言文は、全文を読むと、なにか涙がこみ上げてくるものがあるのだ。
その全文はぜひ、京都市ホームページを開いて読み通してみて欲しい。
ここから解ることは、京都市の街づくりには『理念』があるのだ。

それに比べて東京ときたらどうだろうか。
東京にあるのは『利権』しかない。
「正社員なくしましょう」のパソナ会長・竹中平蔵然り、レガシーを謳いながら壊された旧国立競技場と、新たに建てられる新国立競技場然り。
もちろん京都にだって利権はあると思うが、理念があればまだ、ブレーキをかけることもできよう。
しかし、東京には理念がないのだ。理念はなくて、利権しかない。


所詮見かけだけの現代的都会か

東京は見かけこそ現代的な大都会だ。そう、見かけ上は。
しかし、『中世じゃっぷらんど』などというネットスラングがあるように、箱の中身は極めて中世的である。
気が付けば東京は派遣会社ばかりになってしまった。
「仕事を求めて東京へ・・・」
などという気持ちで東京へ出たところで、派遣会社の食い物にされるのがオチだ。
高時給を餌に、釣り案件で登録で個人情報を回収され、顔合わせと称した違法面接をさせられ、やっと仕事が決まったと思っても、派遣先の顔色一つで捨てられる。
因みに派遣会社の持つ案件は、殆ど東京(それも山手線内回り)に集中している。神奈川や多摩、埼玉となると、案件数が激減する。
営業効率が高いのは東京なので、派遣会社の営業が東京の企業に売り込みをかけるのは、当然のことだ。

そうしているうちに派遣と正社員の壁が。だが、苦労して正社員になっても、電通のような奴隷労働が待っている。
なんとも閉鎖的ではないか、東京。
もはや東京は美味しい店"は"たくさんあるだけの田舎だ、田舎。
見かけは都会だが、その根性はどこまでも閉鎖的な田舎なのだ。
駅乃みちかのイラストをトミーテックが書けば、「こんな性的なモノは汚らわしい!」と女性権利団体が叫び、イノベーションを封殺。
(じゃあレースクイーンは要らないね。あれこそ無駄だろ、レースは車が主役なんだから)。
新しい文化と上手く共存を図ろうとする京都とは大違いだ。
これでは京都人から「東下り」とバカにされたところで、文句は言えぬだろう。