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人間関係は会社のが楽

コールセンターで働いていた時は行く先々で聞いた「ここは学校じゃないんだからね!」。
いったいこの言葉で何を言いたいのか良くわからないのだが、少なくとも会社人は学校生徒よりは楽だ。
これは高校時代までマトモな人間関係を築けなかった私だからそう思うのかも知れないが、少なくとも人間関係について言えば会社の方が楽。
まぁ、高校までの学校と会社に大きな差はないのだが・・・。


ケータイがもたらした生徒への害悪

いつの時代でも、どんな年代でも付き合いというのは避けられないことだ。
大人には大人の付き合いがあり、学校生徒には学校生徒の付き合いがある。
それこそ高度成長期の日本では、放課後にジャイアン、スネ夫のご機嫌を上手くとるお付き合いがあったのだろう。高度成長期下の日本では、あれが日常の放課後の風景だったのだ。

彼らは家に帰れば自分たちのプライベートがあり、干渉してくるのは良くて親くらいなものであった。

ただ、少なくとも1998年以降、世界は全く変わってしまった。
ケータイの普及というものだ。
この時代あたりから、高校生なら持っていて当たり前のアイテムとなりだした。持っていないと輪に入れない輪から放り出されるアイテムとなりつつあった
ケータイが生活に浸透してくると、コミュニケーションの質がずっと違ってくる。常にコミュニケーションに神経を使わなくてはならなくなった、と言うのが正しいところか。

例えばメール。
返信しなければ文句を言われるのだが、返信した内容が相手に気に食わなかった場合、自分の知らないところで周囲に恥を晒されるという地獄が待っている。
「見てコイツ、ちょーキモくない?」
メールの文面だけでそこまで言われなければならない。
スマホ時代の近年では、これがLINEに替わる。


LINEの怖さは常に"誰か"に監視され続ける怖さ

LINEの一番怖いところは、監視性の強さ。
メッセージを送れば、それが『未読』なのか『既読』なのかわかってしまうということだろう。
とにかく返信しなければ文句を言われるのだ。
『未読』なら「何で開封しないの?」と言われるし、『既読』なら「何で返信しないの?」と言われるわけだ。

それでも・・・だ。大人ならまだ良い。
「大橋さん、LINEやろうよ?」
「やだ。」
「なんでぇ?」
「だってケータイ自体持ち歩きたくねーもん!」
で通じるのだから。
学校生徒はそうもいかない。みんながやっていることをやらないだけで、いじめのターゲットにされかねない。
仕事キッチリやって文句言わせないという手段も通用しない。そこが会社人と違う。

「ここは学校じゃないんだからね!!」
なんて偉そうに言う大人を見かけるが、はっきり言って学校に比べれば会社など楽なものだ。
『コイツ私が出来ない(やりたくない)業務やってる』を持つだけで、割と皆に合わせなくてもやっていけるのだから。