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例えば政治的にも経済的にも、この日本を付きまとう閉塞感は、朱子学を抜きに語れない気がする。
その分析には、朱子学の勉強が正直、必要だと考えた。
もちろん、朱子学だけが全て悪いわけではない。
直接的な原因を見れば、終身雇用の崩壊、拡大する格差、増大する非正規雇用や偽装請負等々、個別の理由を見れば、枚挙に暇がない。
ただ、ここではあくまで、ブラック企業と思想、精神疾患について考えたい。私が日本史で好きな人物といえば、北条早雲と大塩平八郎。今回は大塩平八郎について見たい。
とりわけ、庶民における格差(貧困)の拡大という点では、天保時代は今よりずっと激しい閉塞感があったと思う。
何せ、大阪では毎日3桁の人数が餓死してしまうほど、酷い飢饉に見舞われたのだから。
さて、大塩が乱に踏み切ったのは何故かと言うと、貧富の差が拡大し、餓死者が出ているのに、お偉方は賄賂やら税金の無駄遣いやらが止まらなかったからである。
そう言えば現実の政治でも甘利氏の不正は一体どこえ消えたのであろうか。まぁ取りあえず、そこはどうでもいい。
大塩は陽明学者としても有名で、大塩を好きな私は昔、陽明学をかじったことはある。
一方、朱子学に関しては、どうにも読みたいと思わなかった。
大塩が一生懸命勉強して、「なんか違うな・・・」というところから陽明学に触れ、「キタコレ!」となったわけで、大塩伝記を読んだ私は、イマイチ朱子学を読みたいと思えなかった感情がある。
PJG

朱子学は精神疾患を生む劇薬である

高卒の私が一つの思想を真向から非難する度胸はない。
朱熹が懸命の努力により体系化した学問であるし、正しく使えばそれなりに良いことはあるのだろう。多分。
しかし、正しく使うと言っても、言うは簡単だが実践は簡単ではない。勿論それは陽明学にも言えるのだが(その間違った使い方をしたのが大塩本人なのだが・・・)。
ただ、「心の在り方」という点において、朱子学は猛毒を秘めているとも言える。

朱子学的な考え方では、妻が夫に逆らえない、部下が上司に絶対服従すると言ったことは、自然の摂理なのだそうだ。
ただでさえ日本で広まった朱子学が、朝鮮式アレンジ朱子学を更に武家流にアレンジしたものであるのに、「元がコレかよ!?」と言いたくなってしまう程に、疲れるものであった。
一方で、陽明学の考え方は、自分の内面を重視する。コレを企業社会に当て嵌めて考えた場合、こうなるのではないかと考えた。

【朱子学的視点】
「ああ、定時で帰りたい。有給取りたい。帰りたいけど、上司が帰らないから帰れない。
帰れないならせめて残業代は欲しい。けど、下手に残業代請求してクビになるのが怖い。仕方がない・・・。」

【陽明学的視点】
「ああ、定時で帰りたい。そうだ。俺は定時で帰りたいと思っている。
じゃあ定時で帰るためにどう仕事を進めるか考えよう。定時で帰れる雰囲気づくりを考えよう。
最適な手順を取って、定時で帰ろう!」

個人的な解釈だが、会社員にそれぞれの思想を当て嵌めると、こうなると思っている。私が小見出しで朱子学が精神疾患を生むと書いたのは、ブラック企業において、当人(社畜)の内面と行動に、大きな乖離があることに他ならない。
【今回ちょっと読んでる本】

朱子学的な世界線では、皆が会社のためにサービス残業しているなら自分もサービス残業をするのが自然の摂理になってしまう。しかし、自分の内面は「定時で帰りたい」と願っているのだ。そこに等身大の自分の心と大きな乖離がある
たまに耐える分には良いが、それを半年、1年、2年と続けていると、どこかで心は破たんする。それが症状として表面化するのが精神疾患ではなかろうか。
尤も、こうした社畜体質は400年の時をかけてじっくり熟成された、呪いの産物なので、直ぐに変わるのは難しいと思う。
個人的には、もっと従業員が自分の内面と向き合い、その実現に向けてどうやって動けば良いのか考えられる解放感が欲しい。
有給を取りづらい職場は多いと思う。
「でも俺は有給を取りたい!」
と、自分の内面は言っている。ではそんな職場で少しでも有給を作りやすい空気を作るために、何ができるのか。どう平和的に実践していくのか。
それを考えて実践に移した方が、幸せに近づける気がしている。
【今回読んだ本】