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無意識の内に私達を蝕む朱子学に涙・・・

Chapter:01
嗚呼、社畜が行く。
今日も定時で帰れる見込みはなく、
残業代を貰えるアテもない。
そんな彼らを布団から動かすもの。
それは、刷り込まれた朱子学の精神に他ならない・・・。
〜〜〜〜〜〜斑鳩:理想-idealより(嘘)〜〜〜〜〜〜
  
いったいなぜ日本ではこう、サビ残や過労死がなくならず、有給の消化はムズイのやら。
有給休暇を取得する。ただそれだけのことが、斑鳩並みの無理ゲーであったりするのだ。
有給休暇は労働者の権利であり、下っ端オペレーターは決して、エグゼクティブなどではない。
何故にこんなに定時帰りや有給取得がムズイのだろう。
つい最近、私はやっとその原因に気付いた。

朱子学である・・・・。

少し政治的な話になるが、以前、教育勅語が話題になっていた時期がある。
アレを私は朱子学的で好きになれないと言ったが、訂正したい。アレは朱子学そのものだったのだ。
そして、ブラック企業を中心とする日本のこの閉塞感は、朱子学と切って切り離せない気がするのだ。

「おかしい。私達は学校教育のなかで、朱子学の論文を目にすることはなかったはずだ。
しかし、その行動の在り方には、朱子学の影響を無自覚に、少なからず受けている。」

そう感じてしまうのだ。
「朱子学は、妥協を許さ ぬ方向へ人を駆り立てる思想」
というような評価を、司馬遼太郎は投げていたらしい。
そう、朱子学は極めて不寛容な思想なわけだ。
終身雇用が機能していた時代、君臣倫理、即ち企業と従業員の主従関係の全うが求められていて、その恩恵を受けた世代は有給も取らず、残業100時間を普通にこなしていたのだろう。皆と同じように
しかし、終身雇用が崩壊してからは、その不寛容性だけを残すことになってしまった。

皆と違うことは許さない⇒みんな有給使ってない/残業代は貰えてない/終電帰りは当たり前⇒だからお前も我慢しろ
という、不寛容さだけが残ってしまった気がしているのだ。
一体なぜコレを変えられないのだろうか。世界のみんなはキチンと休んでいるというのにだ。
それは結局のところ、私達の体の中に、無意識的に、朱子学的な生活様式が叩き込まれてしまったからに、他ならない。そう感じた次第である。