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ケータイ不携帯による開放感

ケータイを持ち歩いているとなんだか、それだけでケータイに操られている感覚が出てくる。ガラケー時代でもそう感じたのだから、スマホに移行すると操られている感がより増すのではないか。
私はガラケーの時でさえ、ケータイに操られる自分を自覚したがために、ケータイを持ち歩くのを止めてしまった。その生活ももう2年になるが、何不自由はしていない。いや、むしろ自由になったか。

多分、現代の中学・高校生はスマホを持たないわけにはいかないと思う。
中学・高校の交友関係という"村の中"では、みんながスマホ&LINEはやっていて当たり前だからだ。スマホを持っていない、ただそれだけで、村八分にされたりする。もちろん、LINEについても然り。今や、スマホとLINEはセットで考えるのが妥当と言っていい。


必要以上の関係を迫るLINE

それにしてもなぜLINEが日本で大ヒットしたのだろうか。
私はSkypeはやっている。パケット通話ができるという点ではLINEと一緒なのだが、プライベート用に使う人はあまりいないようだ。私自身、ビジネスライクな場面でしか使うことはない。

Skypeと比較した場合、LINEのヒットの理由は、敷居の低さがあるのだろう。敷居が低い故に、必要以上の関係を強要してくる。それがLINEだ。
やはりLINEと比べるとSkypeの敷居は高い
まずパケット通話をするには相手がログインしているか確かめないといけない。必ず相手の都合を確かめるところからコミュニケーションを開始しなければならない。
最も、こうした敷居の高さがあるお陰で、ビジネスライクな使用には向いているのだろう。

反面、LINEの敷居の低さはスタンプによく表れている。
通話も相手がログインしているか都度確かめることなく、発信することができる。
スタンプを送り付けて相手との距離を縮める、など、色恋沙汰のテクにも使われているようだ。
それ故に、必要以上の関係を迫ってくるのがLINEと言うもの。それは非常に疲れる。

改めていえば、近年のスマホはLINEとセットで考えるものになっている。
スマホは持ってLINEをやらない、という選択もあるのだが、それをやると「え、スマホ持っててLINEやらないの?」という目で見られてしまう。
それ即ち、スマホに変えた段階でガラケー以上に疲れるプライベートの始まりだ。ようは、ケータイに操られるのだ。ケータイに。