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今の常駐先コールセンターはとても同期が多くて、ある意味仲間が多いことがとても大きな救いなのだが、基本的には短期需要なので3月で大半が去ることになる。どんなに長いメンバーでも5月でほとんどが去ることになり、来年も居るようなメンバーは恐らく40人に1人くらいだろう。
もともと短期で募集がかかるコールセンターでも、ときたま長期で生き残る人が居たりする。私は前社では、もともとお歳暮用の短期募集で入った会社で得意分野たる通信商材の募集があり、異動することで凌いだ人間だ。そして一部の人間は引き続き同じ事業所で働く人間も目にしている。恐らく今のコールセンターの同期でも、来年まで在籍するメンバーは居るだろう。
ただ、もう半月もすれば今の同期達も大半が異なる進路を進むことになる。せっかく縁あってめぐりあった身、話の合う人とはFacebookでも交流していきたいものだ。私自身も本当なら、いつまでもコールセンターばかりやっているわけにもいかない身。だが現実を直視した時、解決しなくてはならない課題がたくさんあって、そのうちの1割もクリアできていない現状はまだまだ悲観せざるを得ない。
今時点で私に用意されているらしい進路はいくつかあって、そのどれを選んでも後悔が避けられないような感覚がある。
今日、わりかしなかの良い人と久々に会話して、アメリカ移住をしようという人が居た。私もその人も精神疾患経験者なので、そうした共通点がコミュニケーションの接点を作ってくれたのかもしれない。研修時の第一接点はなかなかに記憶に残り易くて、「私って結構クスリ漬けなんですよー!」と言って、結構な量の薬を持っていた。
「普通ならドン引きしちゃうと思うんですけどぉ!」
と言うのだが、私自身も精神疾患経験者として、この辺の事情は良く理解しているつもりだ。
私が実際に服用していたのは、パキシル(抗うつ剤)、レキソタン(抗不安剤)、マイスリー(睡眠薬)。ジェネリック医薬品になるとパキシルはパロキセチンというものに変わり、レキソタンも何かしらのジェネリック医薬品があったと記憶している。過敏性腸症候群にもなっているから、この他にも実際には色んな薬物を処方されていた。
前社で強迫性障害から始まる精神疾患を経験した私は、当然ながら大量の薬を持ち歩いていたし、そういった人の事情はよく分かるつもりだ。
話していてわかったのは、その人はどうにも日本に居るだけで物凄くストレスが溜まってしまうようだ。もともと海外での生活経験もある人だし、そんな人にとって、コールセンターという閉鎖空間はストレスなんてものでは無いだろう。
「でも、こういうのって、どっかの本社とかで働いたりするとストレスはもっとヤバいと思うんですよね。
私は親戚がアメリカに居るし、子供も留学させる。私も現地で学校入ろうかと思います。そんな金がどこにあるのかって話なんですけどねー」
そんな会話を聴かされていた時、私はその選択肢を選んだ同期を否定できなかった。
私は多摩市を気に入って、23歳の頃に越してきて早6年。今後も多摩で生きていきたいと考えているし、日本から出て暮らすという選択肢は全く考えてはいない。
それでも、近年の日本はブラック企業問題や特定秘密保護法案など、『日本国民にすら優しくない』問題が山積み。正規雇用にはなれない、かといって正規になればサービス残業を強いられる。原子力発電所はとんでもない事態なのに、正確な情報を発しようとすると罰せられる。憲法9条を教えようとする教師が罰せられ、君が代を斉唱しなければ処分される。
果たして異様な雰囲気を醸し出してきてしまったこの日本の中で、敢えて日本に残るのか、はたまた私の同期のように日本を見限って海外への移住をはかるのか。どちらが良いのかなど私にはわからない。
ただ、私の同期のように、海外にツテがある人は海外に生活を移した方が修羅は少ないかもしれない。敢えて日本に残る道の方が実は修羅の道が待っているのかもしれない。冗談抜きにそう思うことがある。
日本人でありながら日本を捨て去ってしまう。それ自体はとても寂しいものだが、日本はとうとう主権すら国民から奪っていく将来を見据えた中で、ついには日本を捨ててしまう選択肢に行きつく日本人。しかしある意味で選択肢として間違ってはいない同期の発言を聴いて、私は同期に何も言い返せないのであった・・・。