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原子力災害というものを見た時、人災の危険度が自然災害を超えることの恐ろしさを思い知る。
原子力災害の備えとやらを考えたとき、果たして一般人レベルで何ができるのか。何かありそうに見えて何も無い。原子力災害に対する備えはしているか、と訊かれれば「していないし、できもしない」というのが本音だ。

果たして地震というものの被害は机の下などに身を伏せることによって危険を回避できるし、台風なら土砂崩れなどが起きない場所へ退避することで安全を確保できる。津波なら高台(避難経路)の確保で、自然災害というものが相手なら、人類の過去の経験から必要な備えをすることができる。
自然災害なら多くは、収まれば後は復興する手続きに入るが、原子力災害はどうだろう。福島第一原発の事故が収束せず、原因究明もキチンと出来ていない状況下で再稼働・輸出ありきで話が進んでいるが、果たして再稼働後は市民の安全は保証されるのか。疑問に思えてならない。

例えば自然災害の備えなら、ある程度の食料確保や電源の確保など、一般人レベルでも出来る対策はある。災害の現象(地震・台風など)が収まれば取り合えず元の場所に帰ることは可能であるし、心の強い人は帰ってから元の事業や新しいことを始めることができる。
して原子力災害はどうかといえば、そもそも収束すら全然先が見えない上に、実質的に国の領土を失うに等しい。
福一のケースで行けば半径20Km圏内は帰れないし、チェルノブイリのケースにしてもマリア・シャラポワのお父さんがシベリアへの移住を決意するほどエライ事態なんである。

原子力災害は一般人レベルで出来る備えがあるとしたら、移住先の確保くらいしか思いつかないのだが、当たり前の如く簡単に出来るものではない。お金持ちになって別荘でも持つか、海外に親戚でもいなければ早々達成可能な備えでは無い。
じゃあ政治レベルならどうかといえばこれもずさんで、わざわざ意図的(?)に近隣諸国との緊張を高めている安倍さんだが、実際に中国や北朝鮮と日本で戦争になった場合の戦場はどこを想定しているかというと、実は若狭湾(原発銀座)の辺りだったりする。で、原発が被弾することは想定されていない。つまり、なんの備えもしていない・・・。
海外に売る原発についても同様。
取り分けインドへの輸出に当たっては、「原発が事故った際の製造(賠償)責任」というものをキッチリ背負わされるというので、メーカーはやりたがらないという。
各国で発生した核廃棄物も日本が引き取る契約になっているようだし、原発事故によって難民が生じた場合の受け入れについても、後々揉めることになるだろう。
つまるところ、我々は自国の原発災害の備えどころか、海外原発のリスクさえ見なければならないということ。
事故が発生したとき、安倍さんは責任を取ってくれるのか。まず取らないだろう。そもそも日本の権力構造は民間企業から政治レベルに至るまで、上層部が責任を取るように出来ていないからだ。
日本の『責任者』とは『責任を取る者』ではなく、『責任を押し付ける者』だ。第二次世界大戦を見てみても、ドイツはヒトラーという『責任を取る者』が死んだので降伏した。反面、日本は『責任を取る者』は居なかったので降伏は遅れに遅れた。
’神’であるはずの昭和天皇にさえ実権はなく、『空気』によって仕方なく突き進んでしまったのが太平洋戦争の大本営であったのだと思う。民間企業から政治レベルに至るまで、この大本営気質は変わっていない。人間が権力を持っていないので、『責任を取れる者』なんているわけないのである。

原子力災害の備えとなると、一般人レベルでは不可能なことがたくさんある。ガイガーカウンターなど買ってどうにかなるものでは無い。
政治レベルでの備えがあるとしたら、『空気』に権力を握らせないこと。人間が権力を持たねばならない。
そうして初めて責任者が’責任を取る者’になるのであって、’責任を押し付ける者’である責任者しかいない環境下では、原子力など扱わないのが最大の備えにも思えてしまうのである。