精神疾患の辛さはなってみないとわからない。しかし、わからずに済むならわからずに人生を過ごせた方が良い。
小生が強迫性障害を自覚し始めた一昨年5月。玄関の鍵を閉めても、本当にちゃんと閉めたのかが気になり始めた。
確かに閉めた感触はあるのだが、その感触を信じることができないのである。
最初はただガチャガチャと確認していたのが、まるで強盗のように激しくドアを引っ張るようになっていく。
自分の家のドアをガンガンとやっている様を見て、はたから見た人は異様に思うだろう。私自身も、自分の家に自分で強盗をしていたわけで、動機は玄関のカギをちゃんと閉めたか不安になったのが動機だ。
玄関の鍵から始まった(と認識している)自己不信の幅は、その後は仕事の書類、パソコン上の操作(誤クリックなど)と次から次へと範囲は広がっていった。

強迫性障害は鬱病にも繋がりやすいと言われており、 コールセンターという職場の人間関係でも触れた通り、小生も例外では無かったらしい。
いや、精神疾患の訴える症状には、どうにも自己不信という共通点が見られるように思う。
強迫性障害では自分の記憶や感触が信じられなくなり、鬱病は自分の存在価値を信じられなくなる。統合失調は自分の身の安全を信じられなくなる、といった具合に、根底的な自己不信が憑いて回る。

一昨年(2012年)9月のこと。初めてパニック発作を起こした小生は、会社員になって初の早退を経験した。
このパニック発作のキッカケも周りからすれば笑い話な話で、普通の人ならまず気にしないレベルだが、小生の自己不信は既に常識の域ではなかった。

コンビニでおにぎり100円saleをやっていた日の昼休み、小生はお店の『おにぎり100円』の札を落としてしまった。
慌てて札を拾い上げるのだが、今度は手に持っていた会社の透明バックの中に、おにぎりを落としてしまったのではないかと気になり始めた。おにぎりはもちろん、透明バックにも入っていなかったし、レジもちゃんと通った。
普通なら「レジを通れた時点で万引きしてないってわかるだろ(笑)」と後になって言われたのだが、その時は自己不信絶頂状態。
社に戻って何度もおにぎりが無いことを確かめ、家に帰ればバックにおにぎりが入ってないことを何度も確かめた。
おにぎりが無いとわかっても別の不安を掻き立てられる。監視カメラに映る小生の動きは明らかに怪しいものであり、それが原因で逮捕されてしまう未来を想像した。
「逮捕されれば間違いなく会社はクビになる。そうなれば最早死ぬしかない。そうなったらどうやって死のうか・・・」
一晩中そんなことばかり考えていた。
翌朝、起きた時からずっと動悸が止まらず、電話でもほとんど会話ができなかった。
そんな小生を見かねた上司より早退命令をだされ、過呼吸に陥った。パニック発作が落ち着いた後、内科に行ったが、予想通り検査に問題は無かった。おそらく、いつか会社員をできなくなる未来がこの時から見えていた。
残念ながら精神疾患になってしまうと、会社員失格の烙印を押されてしまうのが実情だ。
かつて小生と同じ部署で働いて働いていた先輩は、鬱病にかかった後、2年ほど入退院を繰り返して再就職できていないという。『働かない』のではない。『働けなくなる』とはまさにこのことなのだ。もう一人の先輩も2013年10月末で退職し、同じく働けていない。
小生は昨日をもって、社会復帰後の最初の会社を出入り禁止にされ、PCキッティングの斡旋はもうやってこないだろう。いや、恐らく再就職するにしても、コールセンターなら恐らく通る。採用を勝ち取るだけなら苦労はしないだろう。それは先の2人の先輩も同じだ。
しかし先の2人といい小生といい、コールセンターで精神疾患になる要因があると、わかっていてもコールセンターに応募するのは怖くなってしまう。先の2人はきっとまだ、働けていないだろう。Facebookで繋がっている先輩も退職後は音沙汰が無い。
小生は自分を救う唯一の方法を独立に導き出した。そのためにインターネットサイトを作るための最低限、HTMLとSEOを必死に勉強し、失業手当の受給を今月で終わらせてWEBサイトを立ち上げた。とは言え、まだ結果は出ていない。本当に『形だけ』の独立なのだ。
精神疾患に侵され、自己不信の妄念に憑りつかれた3人の人間は、今もって自己救済の手段を探している最中なのかも知れない・・・。