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ドラえもんの時代の日本には果たして人間の人口はどれだけ居るのだろうか。

機械化が進めば進むほど人間同士がコミュニケーションをとることが少なくなり、人間が行動しなければいけなくなることが少なくなり、人間が考えることが少なくなる。

人間が考える機会が減る変わりに、機械が考える機会は増えている。

ルンバやホンダのASIMOには人工知能が搭載されているし、自動車では危険物を察知すると自動でブレーキを開始する車まで、既に試作車は出ているのだ。

ドラえもんの生年月日は2112年9月3日だが、今から100年前に生きた1913年の人々は、2013年にあらゆることがネットワーク化されたこの時代を想像できたか。おそらく、一次大戦前の状況から察するに100年後がいまのようなことになっているとは想像し難いだろう。

ところが2013年から99年後のドラえもんの世界は、というと結構現実味を帯びて見える。さすがにタイムマシンや四次元ポケットは無理であろうが。

当然ながらドラえもんは高度な人工知能を備えている。グーしか出来ないのに何故かパソコンは使える。作中でも何度か転んだり攻撃を受けたりしても壊れないから、自己再生や自己修復機能も備えているかもしれない。しかもあろうことか、どら焼きを燃料にできる。ドラみちゃんなんて大学院に通っている。こうなるとロボットが市民権を得ようとクーデターを起こすかもしれない。

と、話を飛躍させてしまったが、ドラえもん時代の日本では、きっと少子高齢化は加速している。人間が働く必要があまり無いからだ。

働く必要が無いということは雇用が守られないということ。雇用が守られないということは収入が怪しいということ。収入が危ないのに子をうんだり、あるいは性的な営みをしようとする人はあまりいないだろう。こうして少子高齢化は進み続ける。

2112年、果たして日本人の雇用がどれだけあるのか。どんなに好景気になっていても、賃金や労働時間に要求が多い人間様よりプログラムの方が安上がり。報酬の対価もどら焼きで満足してもらえるならドラえもんが雇用されるだろう。
おそらく、ドラえもん時代以降の日本では裕福層か、会社に依存しない生き方を見つけることが出来た人間が生き残ったのではないか。 

だめな人間をアイテムで救う“はず”のドラえもん。実際に作られたら、だめな人間を労働市場から追い出して、自ら市民権を獲得していくドラえもんになるだろう。
 人間が生み出した機械が、人間に牙を剥いてくるのも時間の問題かも知れない。