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所用で尋ねた大宮で2冊の本を貰った。キリスト教の信者の人たちから貰った「若い人が尋ねる質問」という本。
布教活動に当たって配っているのもだからタダで良いと言われてもらったもの。
私自身は宗教家ではないし、信仰も無いから宗教的なことは語るつもりは無い。とは言えこの本、読んでみると「言われてみれば確かにそうだ」ということが多い。
ネット関連勤務者として言えば、1巻262ページにあったフレーズ「電子機器をコントロールしていますか。それともあなたが電子機器にコントロールされていますか。」
という文言は実に興味深かった。
4月に入ってから約半月。小生は携帯電話を不携帯で過ごす生活を始めている。携帯電話に振り回されていたからだ。
例えばケータイにメールが入っているとしよう。
大半が迷惑メールなのはわかっている。けど、知り合いからのメールも来ているかもしれない、と思うとやっぱりメールを見てしまう。結果、すべてが迷惑メールだった。
こんな体験をしたことがあるのは果たして小生だけであろうか。実際には多くの人が体験したことがあるんじゃないかと思う。
あるいはこれはどうだ。
意味も無く着信が気になる、とか。
あるいは友達や家族に絵文字や顔文字の入ったメールで一生懸命気持ちを伝えたのに、相手から帰ってくるメールで絵文字が入ってないとそっけなく感じたり、はたまたメールそのものが帰って来なかったり。
こうなるとケータイに操られているレベルに入ってくる。
ケータイに操られると日々、意味も無く追い詰められたような感覚になり、発狂しそうな気分になる。こうなると精神衛生上、非常によろしくない。
私の場合はケータイからタブレットやPCへと、頼る機器がシフトしただけだが、それでも煩わしい迷惑メールや着信に振り回されることは無くなった。
今一度ケータイライフを振り返り、自分が携帯電話に振り回されていないか。ケータイがストレスの元になっていないか。自問してみるのも良いと思っている。